A・cappellersの説明・紹介

「うん、水兵ナイフは、あったが、これをお前がにぎって、どうするつもりかね」
 竹見は、ハルクにいわれたとおり、ズボンのポケットから水兵ナイフを出して、刃を起してやったものの、このとぎすまされた水兵ナイフを、重態のハルクににぎらせていいものかどうかについて、竹見は迷った。
「はやく、は、はやく、こっちへ呉れ。な、なにをぐずぐずしている……」
「はやく渡せといっても、お前、これをにぎってどうするつもりか」
 ハルクは、くるしさのあまり、このナイフでわれとわが咽喉をかききって、自殺するのではなかろうか、そう思った竹見は、友にナイフを手わたすことを、ためらった。
「ええい、こっちへよこせ!」
 とつぜんハルクは、半身をおこすと、竹見の手から、ナイフをうばった。が、ナイフをうばったというだけのことだ。そのまま、また土間にかおを伏せて、うんうんと、高くうなりだした。
「ほら、そんな無理をするから、余計にくるしくなるじゃないか。おい、ハルク、おれが、これから出かけて、医者をさがして、呼んできてやる」
「い、医者なんか、だめだ。お、おれは、自分で、やるんだ」
 と、いったかと思うと、ハルクは、とつぜん、むくむくと起きあがった。
「おい、どうするんだ」
 ハルクは、無言で、いきなり、べりべりと音をさせて、右脚の入っているズボンを、ひきさいた。
「竹、おれのバンドをといて、右脚のつけ根を、お、思い切り、ぎゅっと縛ってくれ。早く、早くたのむ」
 ハルクは、歯をくいしばりつつ、自分の右の太ももを指した。
「あ、そうか、もっと上を、しばるんだな」
 竹は、ようやく合点がいって、ハルクがいったとおり、バンドをといて、太ももを、力のかぎり、ぎゅっとしめた。蛇毒は、ハルクのふくらはぎのむすび目をこえて、上へのぼってきたらしい。